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東京家庭裁判所 平成10年(家)11304号 審判 2000年1月24日

申立人 X

相手方 Y

被相続人 A

主文

被相続人の祭祀財産の承継者を相手方と定める。

理由

第1申立て

申立人は「被相続人の祭祀財産の承継者を申立人と定める。」旨求めた。

第2主張

1  申立人

(1)  被相続人A(以下「母A」という。)は、昭和63年11月25日死亡し申立人及び相手方が相続人となった。

(2)  母Aは、亡夫B(昭和54年9月20日死亡。以下「亡父B」という。)から別紙祭祀財産の目録記載の祭祀財産(以下「本件祭祀財産」という。)を承継していた。

(3)  亡父B及び母Aは、本件祭祀財産のうち、都営a霊園の墓所(以下「本件墓所」という。)につき、申立人を承継者と指定した。すなわち、本件墓所に隣接した区画には亡父Bがその末弟Cのために用意した墓があり、同人の妻Dがその区画の使用者となっている。この墓と本件墓所は、東京都から貸し付けを受ける際の形式上は2区画となっているが、現況は2区画を合わせて1つの敷地として使用し、入り口も1箇所のみとし、それぞれの区画に当たる部分に墓石が1つずつ建っている。亡父B及び母Aは、両区画に建っている墓石の中間の空いている部分に相手方の家のために墓石を建て、本件墓所は申立人に承継させるという意思を表明していた。

(4)  亡父B及び母A間には、長男E、二男申立人及び三男相手方の3人の子が出生したが、長男Eは満4歳で死亡したため、以後、申立人が長男の地位にあった。

(5)  本件祭祀財産のうち、都営a霊園の墓所につき、東京都の「埋蔵施設等の使用者の地位の承継について」という通知によれば、使用者が死亡したときで(承継人の)指定がないときの承継人の範囲は、慣習により祭祀を主宰すべき者、家庭裁判所に指定された者としている。そして慣習により祭祀を主宰すべき者の確認方法として「死亡した使用者と承継人の続柄が明らかとなる戸籍謄本類。ただし、慣習からみて通常祭祀を主宰するとみられる者(長子、配偶者等)がいるにもかかわらずその他の者が承継する場合(次子、傍系親族等)は、通常祭祀を主宰すべき者の同意書(実印押印、印鑑証明書添付のもの)を要する」とされている。そして本件のように長男がすでに死亡し二男と三男が現存する場合に二男が承継するのであれば二男の戸籍謄本類のみで承継手続ができるというのが東京都の取扱いである。これは、東京都の霊園においては、その使用権の承継について、兄弟間では最年長者が祭祀を承継するとの慣習の存在を認め、これを前提として承継の手続を定めている。したがって、母Aが祭祀継承者を指定しなかったとしても慣習により申立人を祭祀承継者と指定されるべきである。

2  相手方

(1)  亡父Bは、高級ハムの製造販売で知られるb株式会社の創業者であって社業の興隆発展に生涯情熱を傾けていた。亡父B死亡後は、母Aが代表取締役会長、申立人が代表取締役社長、相手方が代表取締役副社長の立場でb株式会社の経営に当たった。亡父B及び母Aは、その事業承継者が祭祀を承継することを望んでいた。母A死亡後は、申立人が代表取締役会長、相手方が代表取締役社長となったが、申立人は平成6年8月23日開催の取締役会において代表取締役会長を解任され、申立人はb株式会社及びその他の関係会社の株式をすべて相手方に譲渡する旨の平成7年12月18日成立の訴訟上の和解(東京地方裁判所平成7年(ヨ)第××××号事件)により、b株式会社から離脱した。したがって、亡父B及び母Aは、事業を承継している相手方を祭祀承継者と指定したものというべきである。

(2)  慣習に照らしても、相手方を祭祀承継者と指定されるべきである。戦後の民主化により家督相続は廃止され、祭祀承継者を当然に長男子とするということは改められ、今日においては長子が承継者となるという原則はなくなっている。むしろ、個人事業や同族企業などの個人的色彩の強い事業の事業者が亡くなった場合には、亡くなった者の事業を継承する者があれば、その者が祭祀承継者となるという慣習が存在する。このような慣習によれば、相手方が祭祀承継者と指定されるべきである。

(3)  母A死亡後、遺産分割を行った結果、相手方は亡父B及び母Aの自宅建物を取得し、以後、建物内の○○家の祖先を祭った仏壇、位牌、仏具等を管理している。

(4)  本件祭祀財産のうち都営a霊園の墓所は、創業者であった亡父Bを偲ぶシンボルとなっており、事業を承継している相手方が祭祀承継者となることが相応しい。

第3当裁判所の判断

1  祭祀財産の承継者を定めるに当たっては、第1に被相続人の指定により、第2に慣習により、第3に家庭裁判所の定めるところによることとされている。本件において、被相続人母Aが祭祀財産の承継者を指定していたことを認めることはできない。もっとも、申立人は、亡父B及び母Aは、本件墓所と隣接する墓所(亡父Bの末弟Cのために用意した墓であり、亡Cの妻Dがその区画の使用者となっている。)の両区画に建っている墓石の中間の空いている部分に相手方の家のために墓石を建て、本件墓所は申立人に承継させるという意思を表明し、申立人を祭祀承継者と指定していた旨主張し、これを窺わせる証拠を提出するが、本件記録によれば、都営霊園においては1区画1墓石が原則であってこのような墓石設置は認められていないものであるから、仮に、母Aが申立人の主張するような祭祀財産の承継者の指定をしていたことがあったとしても、右指定は両区画に建っている墓石の中間の空いている部分に相手方の家のために墓石を建てることを前提とするものでありその前提は不可能なものである以上、指定としての効力を認めることはできない。他方、相手方は母Aが事業承継者である相手方を祭祀承継者として指定した旨主張するが、本件記録上、母Aがこのような指定をしたことを認めることはできず、他に母Aが祭祀承継者を指定したことを認める証拠はない。

2  次に、慣習の有無について検討する。申立人は兄弟間では最年長者が祭祀を承継するとの慣習が存在する旨主張し、他方、相手方は個人事業や同族企業などの個人的色彩の強い事業の事業者が亡くなった場合には、亡くなった者の事業を継承する者があれば、その者が祭祀承継者となるという慣習が存在する旨主張する。本件記録によれば、本件墓所(都営a霊園の墓所)を管理する東京都の「埋蔵施設等の使用者の地位の承継について」という通知によれば、都営霊園における祭祀承継の手続として、使用者が死亡したときで(承継人の)指定がないときの承継人の範囲は、慣習により祭祀を主宰すべき者、家庭裁判所に指定された者としていること、そして慣習により祭祀を主宰すべき者の都の確認方法としては「死亡した使用者と承継人の続柄が明らかとなる戸籍謄本類。ただし、慣習からみて通常祭祀を主宰するとみられる者(長子、配偶者等)がいるにもかかわらずその他の者が承継する場合(次子、傍系親族等)は、通常祭祀を主宰すべき者の同意書(実印押印、印鑑証明書添付のもの)を要する」とされていること、もっとも、東京都建設局公園緑地部霊園課長作成の平成11年2月26日付回答書によれば、東京都は祭祀主宰者の承継は長子がなるとの慣習が現在でも東京都内一般に存在しているということについて公認する立場にないこと、都立霊園の承継については、少子化や核家族化の進行及び墓地に対する意識の変化など、今日の社会状況を踏まえ平成11年度中に見直しを行うよう準備を進めていることが認められる。そうすると、今日において東京都内に長子が祭祀承継者となる旨の慣習が存在するかについては疑念が存するというべきである。ところで、本件記録によれば、亡父B及び母A間には、長男E(昭和4年○月○日生)、二男申立人(昭和6年○月○日生)及び三男相手方(昭和11年○月○日生)の3人の子が出生したものであり(長男Eは申立人出生後である昭和8年10月10日に死亡している。)、申立人は長子ではない。そして、このような場合に生存している最年長の兄弟が当然に祭祀承継者となる旨の慣習があることを認めることもできず、申立人の主張は認められない。

他方、個人事業や同族企業などの個人的色彩の強い事業の事業者が亡くなった場合に、亡くなった者の事業を継承する者があれば、その者が祭祀承継者となるという慣習が存在することを認めることもできず、結局、本件においては祭祀財産の承継者を定める慣習は存在しない。

3  そこで、本件において祭祀財産の承継者として申立人と相手方のいずれがより相応しいかについて検討する。本件記録並びに審問の結果によれば、次のとおり認められる。

(1)  亡父B及び母A間には、長男E、二男申立人及び三男相手方の3人の子が出生した(長男Eは満4歳で死亡している。)。亡夫Bは昭和54年9月20日死亡したため、母Aは、亡夫Bから本件祭祀財産を承継していた。

(2)  母Aは、昭和63年11月25日死亡したが(相続人は申立人及び相手方)、母A死亡後は、本件墓所については申立人及び相手方が事実上共同で管理し、母Aの自宅内に存置してあったその余の本件祭祀財産については、母Aの遺産分割によって母の自宅不動産を相手方が取得した結果、相手方が現在管理している。

(3)  亡父Bは、高級ハムの製造販売で知られるb株式会社の創業者であって社業の興隆発展に生涯情熱を傾けていた。亡父Bの戒名はb株式会社の社名を採って「△△」が用いられている。亡父B死亡後は、母Aがb株式会社の代表取締役会長、申立人が代表取締役社長、相手方が代表取締役副社長の立場でb株式会社の経営に当たった。母A死亡後は、申立人が代表取締役会長、相手方が代表取締役社長となったが、その後、申立人・相手方間で不和を生じ、平成6年8月23日開催の取締役会において代表取締役会長であった申立人を解任する旨の決議がされた。その後、申立人はb株式会社及びその他の関係会社の株式等をすべて相手方に代金14億9750万円で譲渡すること、各会社の取締役を辞任すること、辞任に伴う退職金として6000万円の支払を受けることなどを内容とする平成7年12月18日成立の訴訟上の和解(東京地方裁判所平成7年(ヨ)第×××××号事件)により、b株式会社及び関係会社から離脱した。以後、相手方がb株式会社の経営に当たっている。b株式会社社内では、亡父Bを創業者として畏敬の念を払い、役員・従業員は本件墓所の墓参を行っている。

4  上記3認定事実によれば、本件墓所はb株式会社の創業者である亡父B及びその妻であった母Aが永眠するものであり、亡父Bは、社業の興隆発展に生涯情熱を傾けていたことからすれば、本件墓所については、b株式会社の経営の任に当たる息子に承継させることを望んでいたと推認される。また、亡父Bの妻であった母Aも同様の希望を有していたと考えるのが自然であり、上記3認定事実にこれらの事情をも考慮すると、本件においては、祭祀財産の承継者を相手方と定めるのが相当というべきである。

よって、主文のとおり審判する。

(家事審判官 吉田健司)

祭祀財産の目録

1 墓地

(1) 墓所使用権

東京都港区<以下省略> a霊園内 ×種イ×号××側×番3

使用者番号<省略>

(2) 墓石

<1> B及びA

(申立人及び相手方の両親)

<2> F

(申立人及び相手方の弟)

2 仏壇一及びこれに附属する祭具一式

3 位牌

(1) B

(2) A

(3) E(申立人及び相手方の兄)

(4) G(申立人及び相手方の弟)

(5) F

(6) 先祖代々

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